民族学伝承ひろいあげ辞典

ようこそ! 古代史専門ブログ。 文献・科学・考古学・遺伝子学・環境学・言語学・人類学・民俗学・民族学 あらゆるヒントを総合し、最新用語を解説、独自に解釈してわかりやすく説明します。 誰も書かない、目から鱗、鼻から牛乳、目から火花、頭の先からぴかっと電球の Kawakatuの言いたい放題解説は悪魔もよろこんでます。

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さきほどの記事に以下のような事柄を書いた。「面白いのは、マスコミの昼と夜の論調にそれが表れている。お昼のニュースショーは、中心視聴者が主婦や老人であるから、主観的な彼らに合わせて、宮迫を弱者、吉本を強者として扱う。ところが夜の報道ニュースでは、視聴者が帰 ...

シリカ(英: silica[1])は、二酸化ケイ素(SiO2)、もしくは二酸化ケイ素によって構成される物質の総称。シリカという呼び名のほかに無水ケイ酸、ケイ酸、酸化シリコンと呼ばれることもある。 シリカとは圧縮された地層の結晶である。ほかは素人は知らないほうがわかりやす ...

Mソフトエッジは、はあ、やっだら重いんだよ。だから7やら8から最近移った人は、まんず、エッジは使わずぬ、これまで使っていたIE11を選ぶこっだ。えが?そりからよ、とにかくだ、Win10そのものが重いんすいな、エッジもはあ、まあだ重いんだからあずら、どにかく、ス ...

にほんブログ村チャート(chert)は、ほとんど微細な石英(SiO2)のみからなる堆積岩。 生物起源のものと非生物起源のものの両方がある。 生物起源のチャートは、主に放散虫などのシリカの殻を持つ微生物の死骸が遠洋深海底で堆積したもの。 非生物起源のチャートは、水中での熱 ...

Win10 があまりに重かったから、思い切ってほとんどの機能を削除、ストップ、非表示にしていったら、どうにかこうにか軽くなった。軽くなったら、楽しさが戻ってきた。二週間、食っちゃあ寝ばかりしていたら、睡眠不足や目の疲労、肩こりが消えた。また書けるかも知れない。 ...

なぜ古代史をやめるのかぼくの知りたかった歴史は歴史学でも考古学でもなかった。ぼくが知りたかったのは、なぜぼくはここ生かされているのだろうか?実存の意味だった。小さな範疇の歴史学などは、単に人間の生活史。そうではなく、ぼくが本当に知りたかったのは、なにゆえ ...

「歩は本来距離の単位で,左右の足を1回ずつ運んだ距離であり(その半分は跬(けい)),それと尺との関係には変遷があったが,方1歩の歩の大きさの実態はさほど変化しなかったといわれる。【三宅 史】。…」コトバンク跬「後漢・魏の時代の一歩は六尺なのですが、後漢と魏では ...

本当にこわいのは豪雨の後、軽くなる大地が引き起こす大地震なのだ。 山が含んだ大量の水分が夏~秋に蒸散し、大地が軽くなると重さで沈んでいた大地は浮き上がる。それがプレートに大きなずれを引き起こすだろう。南海トラフ。数年後になる。恐ろしい。それが一番恐ろしい ...

http://palaeolithic.jp/data/index.htmデータベースからダウンロードできる例えば日本史の弥生時代を知ろうとするならば、当然その前の新石器・旧石器時代からすでに遺跡があったかどうかは、その地域の先進性とか、歴史的にそこに代々人が来たことの理由(地形・地の利など ...

にほんブログ村方段階梯積石塚 ほうだん・かいてい・つみいしづか中国吉林省から北朝鮮にかけて3世紀~4世紀に登場した階段式積石墳墓。青銅器時代の積み石塚を基盤として、その上に基壇を組む。将軍塚千秋塚高句麗の歴代王墓だと考えられている。日本の飛鳥時代の奈良県 ...

にほんブログ村あく【灰=汁】1 植物を焼いた灰を水に浸して得る上澄み液。アルカリ性を示し、古来、洗剤・漂白剤として、また染色などに用いる。2 山菜や野草などに含まれる、渋み・えぐみなどのもとになる成分。「ウドの灰汁を抜く」3 肉などを煮たときに、煮汁の表面に ...

にほんブログ村城野遺跡 じょうのいせきhttps://mainichi.jp/articles/20161115/ddl/k40/040/629000c動画https://www.youtube.com/watch?v=QxvY4FBnXq0広大な敷地にたった二基の朱塗りの石棺(組合せ式)。一基の石には線刻画が。どうもこれが四つ目のシャーマン方相氏ではな ...

にほんブログ村予告しておいた邪馬台国参考文献と展示資料館一覧は、あまりにも多すぎて書写していると死ぬので、勝手に探してください。中村の著作の最後にも掲載があります。遺跡一覧に佐賀、熊本、福岡の遺跡を追補しました。●方相氏(ほうそう・し)とは中国『周礼』に登 ...

九州だけでもこれだけありますので。弥生時代、邪馬台国研究に関わる全国遺跡一覧紀元前~古墳時代前期まで含む☆マークは是非行くべき遺跡※7月2日遺跡を追加■北海道・東北地方(弥生文化には北の道もあったことを知るために)北海道 北海道では続縄文時代の遺跡となる。江別 ...

にほんブログ村中華の史書には、紀元前1世紀の頃、倭の国々が分かれて100余国だったとあるが、魏志の女王国=邪馬台国の「使約通ずるところ約30国」と変化している。これを女王の連盟国家と考えると、その数が100のたった三分の一しかないことに気づくべきではないか?する ...

邪馬台国研究について、筆者は以前には纒向遺跡の詳細報告(石野)から見て、割合大和説に寄った書き方をしたので、今回は九州に寄った書き方をしてみた。筆者は、産まれてから高校生までを九州大分県の県都である大分市のど真ん中で過ごした跡、大学は京都、仕事は大阪や近畿 ...

意味のないことをクローズアップしたがるのはマスコミとヤマタイコク大和説であろう。邪馬台国が近畿にあった証拠に丹があったことをあげる。意味がないのではないか?丹とは中国では辰砂だが、日本ではベンガラだったり、水銀だったり、確定していない。まして中国に持って ...

前回書いた奴国の初期鋳型のある工房が見つかった遺跡とは、須玖タカウタ遺跡である。https://mainichi.jp/articles/20170726/k00/00m/040/158000c2017年の夏、この発見が、北西部九州工房と奴国工房の関係をあきらかにすることになった。一番の大発見は多鈕鏡(たちゅうきょ ...

奴国は福岡県博多の那珂川よりも東部、春日市を中心として遠賀川西岸部の丘陵ふもと部板付あたりまでにあっただろう小国である。その東端には不弥国に比定できるかも知れない比恵遺跡もある。ただし魏志では戸数は2万戸と記載され、邪馬台国に次ぐ人口を抱えた大都市だったよ ...

ちょっとアルバイトで書く時間がなかったから、更新が遅くなったことをお詫びする。さて、考古学の発掘状況から見た邪馬台国である。まずは九州から始めよう。九州支持には、前回申したように、邪馬台国などは蛮族国家だからというものと、いや3世紀まで日本の先進地は考古 ...

にほんブログ村今日から邪馬台国研究史を見つめなおす記事を連続で数回書こうと思う。研究の昔、今そして未来を、考古遺跡をあげながら、では決められないその位置は、何を決め手探せばよいのかを探ってみよう。まずは邪馬台国研究の歴史から、分け入ってみよう。二つの九州 ...

にほんブログ村ガウゼの法則生物学同じ生態的地位を持つ二種以上の生物は共存できない。ゾウリムシとヒメゾウリムシを同じ水槽に入れておくと、必ずヒメゾウリムシが生き残る。ゾウリムシのほうが繁殖力が弱いからである。またそこにメダカを入れると、個体数が多いヒメゾウ ...

にほんブログ村そうか、どちらもまだ生きてはったんやなあ。女は長生きやなあ。ほとほと。かもかッ!!以上。つれない?そりゃあそうだ。金持ちたちがいつ死のうと。所詮日本にとって役立ったかである。おれたちの年金の搾取した人々でしかない。ようく考えてみてくれ。あと ...

共生細胞進化研究者の宮城島 進也(みやぎしま しんや)さんは、細胞内共生による進化を研究しています。それは、どのようなことなのでしょうか?宮城島さん 「今は細胞の中にある、呼吸をするミトコンドリアや光合成する葉緑体。昔は独立に生きていた、光合成するバクテリ ...

にほんブログ村福岡県「歴史ロマン発信事業」調べ=九州説が多いのは必然1 福岡県朝倉(平塚川添遺跡を中心とする地域)  131票2 博多湾沿岸部 102票  推す研究者は古田、安本3 佐賀県吉野ヶ里周辺 86票 七田、新井白石。森浩一、西谷など4 福岡県御井地区  ...

金石文は石や金属製品に刻まれた歴史的文章や文字である。多くが簡略化される場合があるので、一般人には読みにくい。漢字を決定するのはもちろん文字の専門家であるが、そのほとんどは中国の前例との比較で決められる。漢字が中国生まれであり、金石文や墨書の例証が多いの ...

にほんブログ村長方形墳あるいは長方墳は、古墳時代後期後葉~終末期7世紀中頃~8世紀)に見られる特殊な墳形の古墳。(横穴式石室など)が複数設けられているケースが多い。最近の発見例では茨城県北西部の東茨城郡城里(しろさと)町で周濠を持って横穴式石質のある徳化原(と ...

「人類はゴビ砂漠を横断してシベリアまで拡散したんだって」北ルートのケース──気候や地形といった環境障壁をもとにシミュレーションが行われた 人類は、12万5000年前から1万2000年前までの後期更新世に、アフリカ大陸からユーラシア大陸へ広く拡散していったと考えられて ...

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